京都や奈良が都として栄えるよりも前、明日香は日本の最初の都であり、国家が形づくられ始めた場所であった。
歴史を石に閉じ込める風景もあれば、風とともに呼吸させる風景もある。
明日香はまさに後者である。
しばしば「日本文明のゆりかご」と呼ばれるこの地に一歩足を踏み入れると、歴史は抽象ではなく、手触りを伴う存在として立ち現れる。
谷あいには黄金と緑の濃淡が広がり、朝日に照らされた棚田、秋の柿の木立、古い写本のように丸みを帯びた丘陵を縫う細い道が続いている。
ここでは、歴史は「訪れるもの」ではなく、「足元に息づくもの」である。
飛鳥時代(6〜8世紀)、この静かな風景の中で、外交、仏教思想、建築、律令――国家の萌芽が試みられた。
その政治的な重みとは裏腹に、明日香は常に人の暮らしに寄り添ってきた。寺院や石造物、家々、小径のすべてが大地と近く、今もなお日本の原風景を形づけたリズムと結びついたままである。
現代日本では、ジェンダー平等をめぐる議論が依然として重要な課題となっています。女性首相が誕生した現在においても、政治・経済分野における女性の参画は限定的であり、世界ジェンダーギャップ指数では118位に位置しています。しかし日本の古代史には、女性の権威が決して稀でも周縁的でもなかった、より豊かな現実が存在します。その姿を最も鮮明に伝えているのが、まさに明日香です。6〜7世紀、日本という国家の基盤が形づくられる中で、数名の女性が即位し、政治的・精神的形成の重要な局面を導きました。彼女たちの統治が当時の父権的な構造を覆したわけではありませんが、日本史の重要な転換点を確かに刻みました。
彼女たちの影響は神職の女性が持つ威厳、儀礼の継続、そして明日香の精神文化を今も支える女性たちの記憶の中に、大気のように静かに息づいています。
明日香において、エンパワーメントは現代に始まった概念ではなく、千年以上にわたり静かに、着実に受け継がれてきた遺産である。
現在、この系譜を体現しているのが二人の卓越した女性である。飛鳥坐神社の神主である飛鳥さん、そして天武天皇(斉明天皇の子)によって創建された川原寺を守る仏教僧の扇谷さんである。
飛鳥坐神社では、神社の1200年の歴史の中で初めて神職に就いた女性である飛鳥さんが、家系から受け継いだ精神性、長年の修行、そして「精神的なリーダーシップは形を変えながら継承できる」という信念を体現している。
まもなく第88代宮司に就任する彼女にとって、神道とは教義ではなく「関係性」である。祈りや祝詞は力強さを帯び、聞く者をより深い精神性へ導き、神聖さを概念ではなく「空気」として感じさせる。
一方、川原寺の扇谷さんが示す力は、静けさと規律、そして日々の修行を基盤とするものである。
代々の守り手から受け継がれた、日本最古の写経の伝統を継承しながら、寺を導く女性としての難しさを率直に語る。しかしその姿勢は揺るぎなく、思いやり深く、そして大地のように根差している。
この二人の女性は、かつて国を導いた女帝たちの精神を現代へとつなぐ、生きた架け橋となっている。
訪問の際、彼女は古い経文を書き写す作法を丁寧に導いてくれる。
この静かな所作は、何世紀にもわたり心を清め、意を正すために行われてきた瞑想的な行いである。
写し終えた経文は、個々の願いとともに奉納される。
墨と息遣いと儀礼に託されたその想いは、伝統に従い祈りとして天へと委ねられる。
一連の流れは、静寂の中で行われる簡素な茶の儀式で締めくくられる。
穏やかさを力とし、ゆるやかな時間を存在の深さとして受けとめるためのひとときである。
こうして二人の女性は、古代のリーダーシップと現在を結ぶ、生きた架け橋となっている。
飛鳥の女帝たちが時代の政治的輪郭を形づくったのであれば、
今日その内面的な力―連続性、献身、そして記憶を損なうことなく変化を受け入れる勇気―を守り継いでいるのは、まさに彼女たちである。
日が沈み、金色から藍色へと移ろうひととき、明日香に息づく女性たちの歴史は、新たな言語―味覚―として立ち現れる。
丘陵と棚田を見渡す静かな隠れ家「Auberge de Senvie」では、この旅の延長としての夕食が、飛鳥時代を築いた三人の女帝へと近づくための体験へと姿を変える。
この特別なコースは、旅のテーマである「飛鳥の三女帝」に着想を得ており、飛鳥時代に全国各地から奈良の都へ献上された食材を、現代的な感性で再構成したものだ。
また、飛鳥時代から明治初期まで続いた長い肉食禁制の文化に敬意を払い、料理は地元の魚介、野菜、薬草を中心に組み立てられている。時代の食の美意識が静かに息づく構成である。
各皿はそれぞれ異なる女帝を象徴している。
斉明天皇
飢饉の折に雨乞いを行い、飛鳥の大地に豊穣をもたらしたと伝わるその力を、パセリオイルと米という生命の象徴を用いて表現した一皿。
持統天皇
彼女の和歌に詠まれる蕪や、万葉集に登場する天の香久山をモチーフに据えた一皿は、政治と文学の両面で国を築いた女帝の世界観を映し出す。
推古天皇
隋への遣使を派遣し国際交流を推進したこと、そして人々の無病息災を願う宮廷行事「薬狩り」を催したことにちなみ、中国から伝わった里芋と、奈良の伝統薬「陀羅尼助」に使われるキハダを組み合わせた“円”の形の料理として表現されている。この円は、外の世界との縁を象徴している。
こうして歴史の記憶と現代の感性がひとつに織り上げられ、
過去を単に復元するのではなく、静けさと繊細さをまとって再解釈する夕餉となる。
味、質感、象徴が重なり合い、三人の女帝の物語が舌の上でそっと姿を現す。
明日香を訪れる者にとって、この食体験は、国の始まりを形づくった女性たちの視線や思想へと近づく希有な手段となる。
それは、石碑や史跡を眺める以上に、五感を通して時間と記憶の奥行きを取り戻す静かな旅である。
明日香の朝には、どこか儀式めいた静けさが漂っている。
石舞台古墳のそば、明日香歴史公園の大地のリズムに身をゆだねるように、ゆっくりとしたヨガが一日を開く。
それは見せるための動きではなく、元に立ち返るための時間。
身体に耳を澄まし、心が軽くなっていくのを感じながら、明日香の豊かな自然に包まれるひとときである。
この静けさの流れの中で、明日香の薬草文化へと自然に移行していきます。その源流は、まさにこの地で薬狩り(薬草採集)を行っていた推古天皇にさかのぼります。
参加者は、必要や直感に応じて地元の葉・根・薬草を選び、自ら薬草茶を調合します。続いて供される朝食も同じ哲学に基づくものです。
香草をまとった古式の蒸し米、じっくり煮込んだ根菜、季節の野菜──華美ではなく、調和と健やかさを求める、滋味深い一膳です。
午前の後半には、体験の中でも最も触覚的な瞬間の一つが訪れる。飛鳥時代の古代宮廷を着想源とし、着物よりも古い格式を持つ、美しい皇族装束を身にまとう時間である。場所は、聖徳太子の系譜に結びつく静寂の寺、橘寺の境内。
幾重にも重なる絹、金糸で縁取られた裾、鮮やかな色彩、精緻な装飾、そして儀式のための袖――あらゆる要素が視覚言語であり、社会的なコードであり、精神的な美意識を反映している。
木格子からこぼれる柔らかな光の中で、また寺の回廊を歩くたびに、これらの衣装は眠っていた記憶を呼び覚まし、過去と現在を静かに縫い合わせていくように感じられる。
明日香において、再生は声高に語られるものではありません。
それはゆっくりとした歩みの中に、景観への敬意の中に、社を支える女性たちの働きの中に、季節と記憶によって形づくられた食の中に、静かに姿を現します。
この地の再生力は、土地そのものだけでなく、長くその精神を守り続けてきた女性たちによって受け継がれ、思いやり、導き、そして継承という力が、しばしば女性の手によって静かに形づくられてきたことを思い出させてくれます。
旅はここで、互恵の精神を教えてくれます。
場所は、誠実に向き合った分だけ、その思いを返してくれるのです。
トリコラージュでは、この交換の精神を大切にし、
旅人と土地の双方を再生させる体験をデザインしています。
文化を「消費する」のではなく「出会う」旅。
歴史が過去として閉じるのではなく、今を導く力として息づく旅。
明日香は、日本という国の原点。
そして同時に、再び歩みを始めるための招待でもあります。
注意深く、謙虚に、そして心を澄ませながら。